業界動向

 不動産業界では、少子高齢化や人口減少により空き家や空き地が増加するとともに、商業施設・オフィスビルの老朽化、さらには建築資材および人件費の高騰が大きな課題として挙げられます。一方で都市部の不動産については、利便性や投資目的の観点から未だに価格上昇を続けている側面があります。また、デジタル化の促進により、テレワークの導入やECサイトでのショッピングが可能となり、人々の生活行動に変化がみられるなか、不動産の位置づけも大きく変化しています。
 このような環境変化の中で、不動産業界においていは、豊かな住生活を確保するために立地・アクセスのみに捉われない利便性の高い商品の提供や、建築資材・人件費高騰のなかコストを極力抑えた良質な商品を顧客に提供することが喫緊の課題となっています。更に大きな視点からは、国の持続的成長を支えるために国内外からあらゆる資源を呼び込み、価値やイノベーションの創出を促すことも期待されています。

 

監査上の主なポイント
  • 棚卸資産の評価
     業界環境が大きく変化しエリアによっては価格変動が大きいため、保有する不動産価値の評価が重要です。
  • 収益認識
     不動産の流動化やセールアンドリースバックなど、複雑なスキームの不動産取引の場合には、収益認識のタイミングの見定めに慎重な検討が必要です。
  • 固定資産の減損
     複数の事業所を抱える場合には、エリアごとの不動産市況が、それぞれの事業所の土地や建物などの有形固定資産の減損検討に大きな影響を及ぼします。
業界動向

 飲食業界ではコロナ禍の営業自粛要請で厳しい状況が続いていましたが、2023年5月に感染症法上の位置づけが5 類に移行されたことに伴い、行動制限が緩和から解除へと進み、ポストコロナへ移行しました。人流の戻り、インバウンド需要の拡大により業界全体が回復基調に向かっています。ただし、この回復は客単価の上昇によるところが大きく、客数についてはまだコロナ前の水準まで回復していないと推定されています。
 また、物流コストの増加等による物価高、人員不足の常態化、人件費の高騰、予約・注文・配膳・決済のシステム導入コストの増加など、原価面でのマイナス要因が多くみられ、飲食業界を取り巻く環境は依然として厳しい状況が続いており、倒産件数は過去最多を更新しています。一方で倒産件数の多さは新規出店ができる立地が増えるという側面もあり、今後は出店増加が加速していくと期待されます。

 

監査上の主なポイント
  • 固定資産の減損
     環境変化や業態の流行り廃りが大きく、特に多店舗型経営では採算性が十分ではない店舗もあるため慎重な減損検討が求められます。
  • リース会計基準および資産除去債務
     多店舗型経営では自己保有の不動産よりも賃貸借契約による店舗運営が多いことから、新リース会計基準の影響を大きく受けることが想定されます。また、退去時の原状回復費用の見積りについても物価高による影響を受けており、資産除去債務の計上金額の適時の見直しが必要とされます。
  • システム化と内部統制の強化
     多くの店舗で現金を取り扱うことから小口の不正が他の業種よりも増加する傾向があります。不正を防止するシステム化や統制活動の強化が必要となります。
業界動向

 宿泊関連消費額は、コロナ禍前の水準を超え回復傾向にあります。観光庁「旅行・観光消費動向調査」によると、2023年の国内旅行の宿泊施設に関する消費額は3兆9,112億円、コロナ禍前の2019年の120%まで回復しています。観光庁「宿泊旅行統計調査」の延べ宿泊者数内訳から訪日外国人需要を加えると、本業界は約5兆円規模と推察されます。
 2020-21年はコロナ禍でインバウンド需要がほぼ消失、国内旅行需要も大幅に縮小し、固定費の高い本業界にとって厳しい状況となりました。ただし、2022年以降は外出制限や入国制限の緩和などを背景に回復に転じています。2024年は2023年に引続きインバウンド需要の増加などにより業界は好調に推移しています。水道光熱費やリネン費等の高騰による原価高の状況にあるものの、需要の拡大により宿泊単価が増加傾向にあります。

出典元 : 観光庁 「旅行・観光動向調査」 2023年年間 集計表(確報)

 

監査上の主なポイント
  • 収益認識(チェックアウト基準)
     長期宿泊の場合、一般的にチェックイン時に宿泊料金を受領することとなります。そのため現金受領時点で全ての期間に対応する売上を計上している場合、期末時点で未宿泊料金分を調整する必要があります。
  • 収益認識(ポイント)
     顧客会員に宿泊ポイントなどを付与する場合、収益認識の測定に当たって留意する必要があります。
  • リース会計
     自社においてホテルの土地や物件を所有しておらず賃貸借契約に基づき運営している場合には、リース会計基準や資産除去債務に関する会計基準に照らした検討が必要となります。
  • 固定資産の減損
     減損会計の適用に当たって、通常、各ホテル店舗がグルーピングの単位となることから、多店舗展開している場合には検討が煩雑になり監査リスクが高まります。
  • 旅行代理店に対する支払手数料
     オンライン旅行代理店(OTA)経由での宿泊予約が増加しており、支払手数料の金額が増加傾向にあります。OTAの請求書は予約宿泊実績により計算されるため、請求書の送付が遅れることがあり、費用の期間帰属については留意が必要です。
業界動向

 情報・通信技術やこれらを支える通信基盤は、日常生活になくてはならないものであり、電気・水道・ガス、道路、公共交通機関などと同じく、社会に必要不可欠なインフラと言えるまでに浸透しています。
 近年の情報・通信業界では、新しい技術の発展(AI、IoT、DX等)や移動通信システムの高速化(5G)に伴い、市場規模は継続して成長し、大きく変化を遂げています。これらの技術等は、幅広い業種・業界で活用がなされ、コロナ禍によるデジタル化の促進に伴い、リアルとデジタルとの融合化が進むなど、新たなビジネスモデルも続々と誕生しており、IT導入補助金制度とも相まって、今後も継続して技術革新が進んでいく事が予想されます。
 その一方で、企業活動におけるIT利用の進展に伴うシステムの複雑化や、特にコロナ禍以降はテレワークの普及による働き方の多様化に伴い、サイバーセキュリティ・インシデントも継続的に増加しています。

 

監査上の主なポイント
  • 収益認識
     新たな技術やサービスに基づく取引は、収益認識の慎重な検討が必要です。
  • ソフトウエア会計
     研究開発費とソフトウエアとの分類やソフトウエアの評価は、業績に与える影響も大きく慎重な検討が必要です。
  • のれんの評価
     事業戦略として企業買収が行われた場合、のれんの評価について慎重な検討が必要です。
  • 原価計算制度
     サービス別の採算管理やソフトウエアの制作原価等の集計基礎として、原価計算に関する内部統制の整備・運用状況の評価が重要です。
  • 通例でない取引
     業界の特色として無形サービスを取り扱うことが多いため、複数の業者が共謀して行う循環取引の有無について留意が必要です。
  • IT統制への対応
     社会で利用されるITの多様化や、サイバーセキュリテイ・リスクの継続的拡大傾向を踏まえて、より技術的な領域に踏み込んだIT統制の評価が必要です。
業界動向

 製造業界では、2020年度の新型コロナウイルス感染症拡大期に営業利益が大幅に落ち込んだものの、2021年度より回復し、コロナ禍以前の営業利益を上回っている状況です。しかし、昨今の原材料価格及びエネルギー価格の高騰の影響も大きく、各企業は価格高騰分の対策として価格転嫁を模索しています。
 また、各企業は国内投資を依然として行っているものの、海外投資にも力を入れており、主要企業の海外売上高比率は50%を超えています。国内市場の成熟化や新興国の目覚ましい成長もあり海外への進出が積極的に行われています。
 一方、今後の課題としては技術のある日本として認知されていますが、稼ぐ力が重要になってきます。2050年のカーボンニュートラルや出生率低下等の影響に伴う労働人口の減少といった課題もあり、環境に優しい製造技術への転換やDX化により効率的な製造が強く求められています。日本を支えてきた製造業であり、GDPの構成で見るとサービス業に次ぐ2番目のGDPを創出していますので、技術革新によりこれからも日本を牽引することが期待されます。

出典:経済産業省 ものづくり白書2024「製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性」

 

監査上の主なポイント
  • 固定資産の減損
     国内のみならず海外拠点への多額の設備投資を行っている場合、拠点ごとの固定資産の把握、グルーピング、減損の認識要否や測定を慎重に検討することが必要です。
  • 棚卸資産の評価
     製品トレンドの移り変わりが早く、物価変動の影響により製品の価格変動も大きいため、保有する棚卸資産の評価を慎重に行うことが必要です。
  • 収益認識
     多品種製品を販売している場合、各製品の収益認識方法を慎重に検討し、継続的に適用していくことが必要です。
  • 関係会社への投融資の評価
     海外に子会社を有している場合や、海外に拠点を有する企業への投融資を行っている場合、現地法人の財務諸表を適時に入手し、評価を行うことが必要です。
業界動向

 建設業界では、長時間労働の常態化、深刻な人材不足による生産性の低下が課題となっています。これらの観点から2019年6月に建設業法の改正が行われ、長時間労働の是正や現場処遇の改善を含む働き方改革の促進、人材の有効活用や建設工事の施工効率化を含む建設現場の生産性向上などが進められています。また、建設資材の高騰への対応として、国土交通省によるスライド条項(工事の契約締結後において賃金、物価水準等が変動しその変動割合が一定程度を超えた場合、請負代金の変更を請求できる制度)等の運用や契約変更の実施などを要請する等の取組みが行われています。
 近年、建設投資は増加傾向にあり、災害対策投資や様々な大規模建築プロジェクトも控えているため、更に建設投資は増加してくと見込まれていますが、労働環境の改善や現場の生産性の向上に加えて、AI技術等の利用やDX化による更なる改善が建設投資を支えていくことが期待されています。

 

監査上の主なポイント
  • 工事原価総額の見積り
     建設業における収益認識額は、見積もり工事原価総額に対する実際発生工事原価の割合によって見積もられた工事進捗度に基づいて測定されることが一般的なため、工事原価総額の見積りが合理的であるかの評価が重要です。
  • 工事進捗度の見積り(工事原価の期間帰属)
     工事進捗度は見積もり工事原価総額に対する実際発生工事原価の割合によって見積もられることが一般的であり、実際発生工事原価の期間帰属の誤りにより工事進捗度の見積り誤りが生じるため、工事原価の期間帰属に係る検討が重要なポイントになります。
  • 案件ごとの適切な原価集計(原価付け替え)
     ある工事の原価を別の工事案件に付け替えた場合、付替先の工事収益が過大に認識され、付替元の工事は工事損失引当金の計上を回避することが可能となる場合があり、このような原価付替が行われていないかについて慎重な検討が必要です。
  • 工事損失引当金
     見積り工事原価総額が請負金額を超過する工事について、将来見込まれる工事損失が網羅的に認識され工事損失引当金として計上されているか否かの検討が必要です。
  • 原価回収基準の適用
     工事進捗度を合理的に見積もることが出来ないものの発生した費用を回収することが見込まれる場合、原価回収基準が適切に適用されているか否かの検討が必要です。
業界動向

陸上物流
 日本国内の物流市場は、サプライチェーンのグローバル化やオンライン取引の増加により荷物量が増加する一方で、物流の2024年問題で注目された労働力不足や就業時間制限、燃料費の高騰、国内産業の縮小などのマイナスの影響を受け、物流業界は成長と停滞が混在する状況になると予測されています。2022年度の物流15業種総市場規模は24.3兆円であり、2023年度の見込みは23.4兆円、2024年度及び2025年の予測はそれぞれ24.2兆円及び24.8兆円と予測する調査結果※もあります。
 物流は、サービスが高度化・複雑化しており、また荷主による物流体制の見直しやコスト削減要求により、3PL(サード・パーティー・ロジスティクス/提案型の包括的な物流業務受託)に対する顧客ニーズが高まっており、荷主の物流合理化を企画・提案する能力が求められています。物流企業は、3PL事業の強化やメーカー・流通・小売をつなぐ情報プラットフォームの構築によるサプライチェーンマネジメント(SCM)の最適化など、付加価値の拡大に努めていて、大手事業者の多くが多種多様な物流サービスを提供しています。

※出典:(株)矢野経済研究所「物流15業種市場に関する調査(2024年)」(2024年7月22日発表)
注:特別積合せ貨物運送事業、宅配便事業(国内)、国際宅配便事業、3PL(サードパーティー・ロジスティクス)事業(納品代行含む)、海運(外航+内航)事業、一般港湾運送事業、航空貨物輸送事業、フォワーディング事業、鉄道貨物輸送事業、鉄道利用貨物運送事業、軽貨物輸送事業(バイク便含む)、普通倉庫事業、冷蔵倉庫事業(冷凍倉庫含む)、引越事業、その他事業の15業種を対象とし、運賃及び保管料、荷役料、関連サービス料等を含む事業者売上高ベースで算出した。なお、15業種各市場の積み上げで算出したため、市場規模に一部重複を含む。

海上物流
 港湾運送事業は、コロナの影響を受け貨物の取扱量が一時的に減少したものの、近年において回復傾向にあります。コロナ前の水準まで回復したわけではありませんが、業界全体としては、比較的安定しています。港湾運送事業は、港湾荷役、はしけ運送、いかだ運送などの各工程があり、一般港湾運送業者は多くの下請けを利用します。その為、下請法が適用される委託先/取引かどうかの管理が煩雑であるという特徴があります。
 また、輸入取引と輸出取引で港湾運送事業者の役割が異なり、輸出取引の場合は、海上輸送のフォワーダーとしての機能も有します。
 倉庫業は、専業で営んでいる会社は少数で、他の物流業と兼ねている会社がほとんどです。倉庫は高効率な配送、少量多品種の荷物、顧客対応など様々なニーズへの対応が迫られており、各倉庫において顧客ニーズに応え得る設備が整っているか、また、自動化のために機械を導入するなどして倉庫機能を高度化し、人手を減らすことで収益力を向上するための取組みが見受けられます。

 

監査上の主なポイント
  • 収益認識
     3PL事業のような倉庫内外の総合的な物流システムの構築や、輸送、保管、荷役、関税業務等の様々なサービスを複合して提供することが増えている影響で、複合的な契約形態が増加しているため、契約の結合や履行義務について検討する重要性が高まっています。
  • リース会計
     車両や倉庫をリースしている企業においては、2028年3月期より導入予定の新リース会計基準への対応を求められます。特にオフバランスしているリース取引について、使用権資産、リース負債がオンバランスされるため、貸借対照表への影響に留意が必要です。
  • 資産除去債務
     倉庫を賃借しており、原状回復義務がある場合には、資産除去債務の金額を合理的に見積もって計上する必要があります。昨今の物価上昇の影響が資産除去債務の計上金額に及ぼす影響の検討も必要です。
  • 固定資産の減損
     大型トラック等の高価な車両や大規模な倉庫等を保有又はリースしていて、有形固定資産(建物、車両運搬具、土地、リース資産等)の金額が多額になるケースがあり、物流・倉庫拠点などの資産グループごとに慎重に減損の検討を行う必要があります。
  • 倉庫設備の更新等
    倉庫設備の更新に当たって、資本的支出または収益的支出のいずれに該当するか、更新工事の内訳を詳細に検討する必要があります。
業界動向

  株主(出資者)や利益分配の概念がない組織体である非営利法人のうち、ここでは当監査法人が監査・アドバイザリー業務を多く実施している学校法人と社会福祉法人を取り上げます。

  • 学校法人
     各学校法人では、少子化等の影響に危機感を抱えつつ、特色ある教育活動の展開や経費削減による経営の効率化等、様々な経営努力を行っています。また、改正私立学校法が2025年度より施行され、社会の要請に応え得る実効性のあるガバナンス改革の推進が求められます。
  • 社会福祉法人
     福祉ニーズの複雑化、多様化、地域社会の変化に対応していくために、横断的・包括的に福祉サービスを提供することが求められています。また、社会福祉法(2016年改正)に基づき、経営組織のガバナンスの強化や事業運営の透明性の向上等が求められている中、サービス業務や管理業務を担う人材確保に向けた取り組みが必要となっています。

 

監査上の主なポイント
  • 法令・会計基準
     非営利法人では、株式会社で適用される会社法・金融商品取引法といった法令や企業会計基準は適用されず、法人の種類に応じた法令や会計基準が適用されます。よって、各法人の種類ごとに求められる会計処理や作成すべき決算書類を適切に把握することが重要です。
  • 公的機関からの補助金・助成金(保険)収入
     非営利法人、特にここで取り上げた学校法人や社会福祉法人では、自治体等からの補助金や保険機関からの介護報酬等(老人福祉施設の運営や各種介護サービス等)といった公的機関からの収入が法人運営を支えています。これらの仕組みを理解し慎重に会計処理を検討する必要があります。
  • その他(アドバイザリー業務)
     非営利法人ではガバナンス強化、特に適切な内部統制の構築や運用(定着)が求められる一方で、管理業務に多くの人材を充てることが難しい環境にあります。このような状況のもと、内部統制の構築・運用支援を目的としたアドバイザリー業務のご依頼を多くの非営利法人から頂いております。